家計簿の分類は、細かければ細かいほどよいのでしょうか。
私は以前、食費・日用品費・レジャー費をできるだけ正確に分けようとしていました。ところが、分類に迷うたびに手が止まり、家計簿そのものが面倒になっていきました。
今は、分類の正確さよりも「問題のある支出に気づけるか」を重視しています。
この記事では、分類を細かくしすぎて続かなくなった経験と、現在どの程度までざっくり分けているのかを紹介します。
家計簿の分類を細かくすると、記録の負担が増える
分類に迷う場面が増えるほど、記録そのものよりも「正しく分けること」に時間を取られるようになります。
例えば、
週末に外出先で食べるために、スーパーで買ったお菓子。
これは食費なのか。
それともレジャー費なのか。
食費にすると、レジャー費をごまかしているような気分になる。
でも、レジャー費として分けようとすると、さらに面倒です。
スーパーのレシートには、夕飯の食材も、日用品も一緒に載っている。
すると、
「このお菓子だけレジャー費にしたい」
となった瞬間に、
レシートの中身を細かく確認して、金額を抜き出して、引き算しないといけない。
さらに、外税表示のレシートだと、
「税金も按分するのか……?」
みたいな気持ちになってきます。
一度だけならまだしも、買い物のたびに同じ計算を続けるのは、かなり負担です。
家計簿の目的は正確な経理処理ではないのに、分類のための作業が増えすぎていました。
家計簿は、正確さより続けやすさを優先する
以前は、家計簿はできるだけ正確に分類するものだと思っていました。
しかし、分類の正確さを求めるほど記録の負担が増え、家計簿を続けにくくなります。
今は、多少のズレがあっても、無理なく続けられることを優先しています。
例えば、スーパーで買ったものは、乾電池やガムテープが含まれていても、まとめて食費として記録しています。
反対に、ドラッグストアで買ったものは、お菓子やジュースが含まれていても、まとめて日用品費にしています。
商品ごとではなく、買った店を基準に分けることで、記録にかかる時間を減らしています。
もちろん、正確に分類できれば、支出の内訳はより詳しく分かります。
ただ、分類に時間をかけすぎて記録が止まるなら、本末転倒です。
私は、多少のズレがあっても、家計全体の傾向を把握できる状態を続けるほうが大切だと考えています。
家計簿の目的は、問題のある支出を見つけること
家計簿をつける目的は、支出を正確に分類することではなく、改善すべき場所を見つけることだと考えています。
そのため最近は、細かな分類のズレよりも、食費や日用品費などの大きな項目が、全体として高すぎないかを見るようになりました。
例えば、食費や日用品費が、自分の家族構成に対して高すぎると分かったら、その項目だけを詳しく確認します。
最初からすべての支出を細かく分析するのではなく、問題がありそうな項目を一つずつ掘り下げるほうが、家計簿を無理なく続けやすくなります。
支出が高い項目だけ、必要に応じて詳しく分析する
例えば、スーパーでの買い物代が高いと分かったら、「惣菜に頼りすぎているのではないか」と仮説を立てます。
そのうえで、いきなり一週間分の作り置きを始めるのではなく、週末に一品だけ作るなど、小さな改善を試します。
一品であれば30分ほどで済むこともあり、負担を増やしすぎずに支出の変化を確認できます。
作り置きを増やしすぎず、続けやすい形にする工夫については、こちらの記事でも紹介しています。
また、「国産食材にこだわりすぎているのではないか」と仮説を立て、こだわりの薄い食品だけ輸入品へ置き換える方法もあります。
例えば、納豆は国産大豆と外国産大豆で、私は大きな違いを感じませんでした。一方、オクラは国産のほうが筋っぽさが少なく、好みに合っていました。
すべてを安い商品へ変えるのではなく、自分が違いを感じないものだけ見直すようにしています。
このように、こだわりの薄いものを見つけて、無理なく支出が下がる仕組みに変えていくほうが、自分には合っています。
買い物のたびに我慢を意識する方法は、判断の負担が大きく、長く続けにくいからです。
そのため最近は、毎回意志力を使うのではなく、自然に支出が下がる選択を少しずつ増やすことを重視しています。
家計簿は、細かさより続けられることが大切
家計簿を続けようとすると、つい分類を細かくしたくなります。
しかし、細かく分けること自体が負担になり、記録が止まってしまっては意味がありません。
完璧な分類よりも、無理なく続けられることを優先し、必要になった項目だけ詳しく分析するほうが実用的です。
家計簿では、小さな分類差にこだわるより、どの支出を見直すべきかを見つけることが大切だと考えています。



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